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「このまま夫と老後を過ごすの?」と不安になった50歳の私が、夫婦関係を見直そうと思った理由

utakochan19751014@gmail.com
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振り返れば、これまでの夫婦の会話はいつも「子ども」が中心でした。 休日のレジャーや学校行事など、子どもがいれば話題は尽きず、慌ただしくも楽しい毎日だったと思います。

しかし、子どもたちが巣立ちへと向かい、夫婦ふたりきりの時間が増えた今。

「あれ、夫と何を話せばいいんだろう…?」

ふと気がつけば、会話に困り、頭の中で必死に話題を探している自分がいました。

いざふたりきりになっても、どこへ行き、何をすればいいのか思いつきません。 夫の趣味であるスポーツ観戦や寺社仏閣巡りにも、正直興味が持てなくて……。

「子どもが完全に巣立った後、ずっとこの人とふたりで楽しい人生を送れるの?」

そう想像した時、「今のままではまずい」という強い不安が頭をよぎったのです。

これまで、仕事や子育てに無我夢中で家族を優先してきました。 だからこそ、これからの人生は「自分のため」に時間を使いたい。人生が終わる時に、絶対に後悔したくない。

そして、せっかく縁あって出会った夫とも、いがみ合うのではなく、もう一度心穏やかに、仲良く暮らしていきたいと強く思ったのです。

この記事では、会話に困るほど距離が空いてしまった私が、どのように自分の心と夫婦関係を見つめ直し始めたのか、等身大の気づきをお話しします。

同じように「夫とのふたり時間がしんどい」と悩むあなたへ。 少しでも心を軽くするヒントになれば嬉しいです。

不満があったわけじゃない。急にやってきた「ふたりの時間」が窮屈な理由

思い返してみると、決して夫に対して強い不満があったわけではないんです。

平日はお互いに仕事があり、顔を合わせるのは朝の慌ただしい時間と、夜帰宅してから就寝するまでのほんの数時間だけ。 そして土日が来れば、子ども関係の用事や部活の応援で一日があっという間に終わってしまう。

そんな目の前の生活をこなすのに必死で、圧倒的に「ふたりきりで過ごす時間」が足りていませんでした。

自分の時間すら満足に取れないほど忙しかったのだから、ふたりの話題がなくなってくるのも当然。

だからこそ、子どもが手を離れ、ポツンと「予定のない久しぶりのふたりの時間」がやってきた時。 単純にその状況に「慣れていない」ため、どう過ごしていいか分からず、なんだか窮屈に思えてしまったのです。

つまり、私が息苦しさを感じていた本当の理由は、「愛情が冷めた」からでも「性格が合わなくなった」からでもありません。

ただ単に、長年お休みしていた「夫婦ふたりの時間」の過ごし方を、すっかり忘れてしまっているだけだったんです。

イライラの正体は「私ばっかり」という自分の思い込みだった

仕事に家事、子育て。そして、たまに自分の用事で出かける時でさえ、出発ギリギリまで家族のご飯を作り置きしていつもバタバタ……。

一方で、夫が出かける時は何の準備もなく、ふらっと身軽に出ていく。 そんな日々の違いに、「どうして私ばっかり忙しいの!」と長年不満を溜めていました。

でも、今なら分かります。これは私の「単なる思い込み」でした。

「夫に頼むより、自分でやった方が早い」 「私がやらないと家が回らない」

そうやって勝手に仕事を抱え込み、自分で自分を忙しくしていただけだったんです。出かける前のご飯作りだって、誰かに頼まれたわけでもありません。

当時は日々の生活に必死すぎて、冷静に考える余裕すらありませんでした。

「私ばっかり」というイライラの正体は、夫のせいではなく、自分で自分にかけていた呪縛だったのです。

夫を変える前に、まずは「妻はこうあるべき」を手放してみた

自分が勝手に抱え込んでいた思い込みに気づいてから、私はまず、自分の中にある「母親は、妻は、こうあるべき」という世間一般の常識を疑ってみることにしました。

いつも当たり前のようにやっていたことに対して、「これって、本当に私がやらなきゃいけないの?」「やらないとダメなこと?」と、ひとつひとつ考え直して、行動を変えていったのです。

具体的に手放したのは、大きく分けて次の2つです。

1. 「私がやらなきゃ」を手放して、家事を家族に任せた

洗濯、掃除、洗い物、ゴミ出し。これまで「妻である私がやるべき」「自分でやった方が早い」と思い込んで抱え込んでいた家事を、思い切って手放し、夫や子どもたちにお願いすることにしました。

もちろん最初は気になりましたが、「私がやるのをやめた」のだから、やり方に口出しするのもストップ。 洗濯物の干し方が違っても、お皿の洗い方が私の手順と違っても、手伝ってもらうからには彼らのやり方で自由に任せることにしたのです。

2. 遊びに行く時の「罪悪感」をやめた

以前は、ひとりで飲みに行ったり遊びに出かけたりする時、家族に対してどこか「申し訳ないな」と気を使っていました。 でも、そんな罪悪感を抱えたまま出かけても、心から楽しめないんですよね。 これまで家族のために一生懸命頑張ってきたのだから、「自分の人生なんだから、堂々と楽しんで当然!」と、変に気を使うのをやめました。

「私がやらなきゃ」「家族を優先しなきゃ」という思い込みを手放し、少しずつ自分の行動を変えていくと、不思議なことに、あんなに息苦しかった毎日がフッと軽くなっていったのです。

残りの人生は「自分のため」に。心から楽しいと思えることを見つける

「これからは自分のために時間を使おう!」 そう決意したものの、いざ「自分の本当にやりたいことって何だろう?」と考えた時、私はハッとしました。

これまでずっと、子どもや親、夫を優先する生活が当たり前になっていたため、「自分が何をしたいのか」が全く思い浮かばなかったのです。 もちろん、家族が喜ぶ顔を見て私自身が満足していたのも事実です。でも、いざ「私だけの楽しみ」となると、見事に空っぽでした。

無理もありません。私の頭の中には「これまでの家族中心の経験」しかデータがなかったからです。

そこで私は、自分を満たすために、あえて「自分の常識を疑う」ことから始めました。

「今の私」は何に感動する?自分の感情を確かめる

自分の中の常識や「いつものパターン」を手放し、これまで行ったことのない場所へ足を運んだり、新しいことにチャレンジしたりしてみました。

行動しながら、自分の感情をその都度確かめるようにしたのです。 「私は今、何に心を動かされている?」 「どんなことに興味を惹かれる?」

そうやって自分の中に「新しい体験」をインストールしていくうちに、少しずつ「あ、私はこういう時間が好きなんだ」「こんなことに挑戦してみたかったんだ」という、自分の本当の願いの輪郭が見えてきました。

誰かのためではなく、まずは「自分で自分を満たしてあげる」こと。 自分が心からやりたいこと、行きたい場所へ行き、自分の時間を大切にすること。

人生の最後に「あぁ、いい人生だった!」と後悔なく笑えるように。私は今、自分の感情に素直に生きることを決めて、新しい一歩を踏み出しています。

せっかく出会ったふたりだから。もう一度、穏やかに笑い合うために

「自分のため」に行動し、自分自身を少しずつ満たせるようになってから。私の中に、ある不思議な変化が起きました。

自分の好きな場所へ行き、やりたいことを心から楽しんでいると、ふと「次はここへ、夫と一緒に来たいな」と思うようになったのです。

例えば、コストコに買い出しに行った時。「今度は夫とゆっくり店内を回って、あれこれ話しながら買い物を楽しみたいな」と思ったり。 娘と海外旅行へ行った先で、のんびりと街を歩く同世代の夫婦の姿を見かけて、「定年後は、私たちもあんな風にふたりで旅行してみたいな」と想像してみたり。

夫の趣味である寺社仏閣巡りもそうです。 これまでは「私は興味がないから…」と敬遠していましたが、「食べるのが大好きな私なら、その周辺で美味しいお店を探す楽しみ方ができるかも!」と、見方がガラリと変わりました。

自分が新しい体験をして「自分の好き」を見つけたように、夫婦でも、まだまだ新しい体験を一緒に楽しめるはずなんですよね。あるいは、昔ふたりで出かけた思い出の場所へ、もう一度足を運んでみるのもいいかもしれません。

「もう話題がない」「ふたりだと窮屈だ」と諦めかけていたけれど。実は、私たちが一緒に楽しめることは、これから先の未来にまだまだたくさん眠っていたのです。

せっかく縁あって出会い、ここまで一緒に歩んできたふたりだから。

残りの人生、まずは自分自身を大切に満たしながら。夫ともう一度、穏やかに笑い合える「ふたりの時間」を、焦らずゆっくりと作っていきたい。今は心からそう思っています。

ABOUT ME
UTAKO
UTAKO
子どもたちが巣立ち、これから訪れる「夫とのふたりきりの老後」に焦りを感じて一念発起。長年自分を縛っていた「良き妻・母であるべき」という思い込みを手放し、まずは自分を満たす生き方へシフト中。夫婦関係の再構築ストーリーを中心に、同世代の女性の心がフッと軽くなるようなメッセージをお届けします。
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